勝山城とは
標高571m。
・1594年 浅野長政の家臣・浅野氏重によって築城された谷村城の要害城(非常の場合にたてこもる城)
 かつては谷村城(現在の谷村第一小学校)と内橋で結ばれていたと伝えられ、現在も橋ゲタを受ける石垣の遺構があります。
 『甲斐国志』によると浅野長政の家臣が築いたとされていますが、武田信虎の家臣、小山田信有が築城したとも言われています。
 発掘調査などが数カ所で行われたようですが、遺構は出土せずに報告書も書かれていないそうです。
 甲州街道が開設されたのは1600年以降であり、1632年にお茶壷坪道中がはじまったそうです。幕府が宇治からお茶壺を運び勝山城の茶壷蔵に夏貯蔵していたといわれています。


その他の勝山城について

1.新潟県の勝山城
所在地 新潟県西頚城郡青海町
本丸から眺める景色は最高きれいです。下は、親知子知、上は空。身の丈1m50cmはある一面の叢。昔、豊臣秀吉と上杉謙信が会見した場所でもある。建物類はなく城跡。
交通:[鉄道] JR北陸本線、青海駅下車、徒歩1時間。
グルメ:「吉川魚店」魚屋・刺身定食屋。青海の国道8

2.島根県の勝山城
所在地 島根県能義郡広瀬町石原
稼働年代 永禄七(1564)〜九(1566)年
40本に及ぶ日本有数の畝状堅堀群遺構があるらしい。使用された期間が短いことからも当時の城の様子を伺える貴重な存在。地元の人でも高齢の方しか知らないほどその存在は知られておらず、遺構はほとんど人の入らない山中にある。道もほとんどないのでマーキングしながら登らなくてはいけない。草木に邪魔されない冬から春にかけて探索したい城址。

3.福井県の越前勝山城
所在地 福井県勝山市元町1丁目
天正8年、柴田勝安が袋田に築城して地名も勝山と改名した。 柴田氏が滅亡した後、成田重政、長谷川秀一が城主となった。
慶長6年、越前一国は結城(松平)秀康の領国となった。 寛永元年に松平直基が3万石を領して城主となる。 寛永12年には直基は越前大野に移り、替わって松平直良が入封。 その直良も正保元年には移封となり、勝山は天領となった。
元禄4年、小笠原貞信が美濃高須から22,000石で入封する。 勝山にはその時城は無く、城主の格式であった小笠原家は宝永6年に古城再建の名目で築城された。
形式は平城で遺構はない。

この他にも勝山城があるかもしれないけど、どうやら山梨県の勝山城とは歴史や文化は違うようです。